自分を認めるとは?3

なんだかテーマが大きすぎて、私にきれいにまとめられそうにありませんが・・・^^;;
前回の続きです!

 

例えば鏡を見て少し足が細くならないかなぁと思ったとき、まぁこのままでいいや、という判断であったり、ちょっと運動してみようかな、という判断であったり、何らかの判断をすると思います。
内面も同じように、この部分嫌いだなぁと思ったときに、自分を変える努力をするか、そのままの自分と付き合っていくか、鏡を見たときと同じように判断をするべきなのかも。
口角が下がっているから、自分が楽しむことを一生懸命やろう、とか。
そうである事実を受け止めて、どうするか決めればいいのかな。

もちろん、その部分を変えることは難しいと判断して、自分の一部として受け入れる、という選択肢もあると思います。
私なら掃除が苦手なのは克服したいけど、今は子育てで余裕がないから現状維持、とか。
その部分が自分の一部として存在していることを、認めて許す。
これまた難しそうだけど><
変わろうと努力することが、私は無駄だとは全然思わないし、むしろこうなりたいという理想があるならそれに向かって努力したいと考えていたけれど、その努力をする時期を選ぶということは有効かも。
全部が全部、いっぺんにはやれないし、やれなかったらまた、変われなかった自分を否定してしまうし。。

 

正直なところ、私は変わる努力をしないことに対して、苛立ちを覚えていた部分があって、「私はこのままでいい!」みたいなブログで読んでも「それってただの開き直りじゃん」と思っていたりもしました。
その苛立ちは、私自身がそういった自分の嫌なところを認められず、「私は嫌いな自分を変えようと努力しているのに!」という感情から生まれていたんだろうなぁ。。

嫌いな部分を見ないふりや、無理に追い出そうとするから苦しいけど、嫌いな部分をこれからどうするか、どう付き合っていくかを決めてみたら、その嫌いな部分も自分の中にあっていい、と思えるのかもしれない。。
嫌いな部分も自分の中にあっていいと思えたら、本当の意味で、自分を認めたということに繋がるんじゃないかなぁと思います。
私はまだ、自分の一部として認められない部分を持っているので、その境地にはたどり着けていませんし、この考察が正しいのかもわかりませんが。。

 

長々と3回にわたって書いたものの、ぐだぐだな結論ですみません><
でも、こんなにじっくり認めるということについて考えたのは初めてだったので、記事に残したいと思って。。
もう少し、自己認知について、本を読むなりして勉強したいです。
正しく理解するのは、きっととっても難しいけど。
ちゃんと理解できたら、私の生きづらさを軽減する糸口になるんじゃないかなぁと思っています。

にほんブログ村 家族ブログ 家庭・家族へ