期待するということ

2018年4月18日

今週末の三連休に、主人の実家に帰省する予定ですが、まだ何も荷造りが進んでいません…!
子供連れの帰省は持ち物がどうしても多くなってしまって大変。。
前に帰省したときは娘もまだそんなに移動も出来なかったから、危険な事もなかったのですが今回は動き回るようになったので、口に入るような小さな物や階段に気をつけて、娘から目を離さないようにしないと。
義母がそうさせてくれるといいのですが。。
実はそこが一番心配だったりします(笑)
そろそろ私も結婚3年目、義母に言いたい事は言ってもいい頃かも?
嫁姑関係は難しいといいますが、例に漏れず私も難しいと感じています^^;;



さて、タイトルの件について。
最近まで、私は主人には何も期待していませんでした。
例えば細かいことですが、シャンプーが切れたからボトルを洗ってくれるだろうとか、私が寝かしつけしてる間に洗濯物を畳んでくれるだろうとか。
コーヒーを淹れるときには、私にも飲む?って聞いてくれるだろうとか。
ケーキをお土産に買ってきてくれるとかそういう特別なことじゃなくて、日常的なこともいつの間にか主人に期待しなくなっていました。

 

期待しなくなったのは、多分、期待通りじゃなかったときにガッカリするのが嫌だったから。
自分の思ったとおりに相手に動いてほしいって思っているのだから、おこがましいといえばそうなのですが。。
他人に期待せずにいることが、本来正しい姿なのかもしれないとも思います。
過度な期待は相手を苦しめることにもなるし。
それでも、夫婦間において相手に全く期待しないっていうのはどうなんだろう?と思うようになりました。
逆に、主人が私に何も期待してなかったら、寂しいし悲しいです。
相手に期待するというのは、自分と相手との間に共通的な概念というか、ある種の信頼が存在しているからではないかと思うんです。
相手の行動や感情に対して、想像力が働くからこそ、相手の期待に沿うように行動できるし、相手も同じように私に対して想像力が働いていると思えるからこそ、相手に期待ができる。



相手の期待に沿うように行動する時の思考回路ってこんな感じ?
・シャンプーがなくなったからボトルを洗わないといけない。→洗わなかったら嫁ちゃんが洗うことになるな。→洗っておくか。
・コーヒーが飲みたいから、コーヒーを淹れよう。→嫁ちゃんも飲むかな?
私の場合だと、
・今日は金曜日だな、やっと明日はお休みかぁ。→ビール買っとくかな。
・もうすぐおつまみのストックがなくなるなぁ。→買っとくと喜ぶだろうな。
というように、何かを考えたときに相手のこともちょっとだけ考えられる状態。
ちょっとだけ、相手を先回りして喜ばせることができるような状態。
相手が自分のことを考えてくれてるというような、一種の信頼感がある状態。

 

私が最近、主人に期待するようになったのは、お互いにそういう状態にいると思えるからです。
前は、私は自分のことしか考えてなかったし、主人も私のことなんて考えてなかったと思います。
自分のこと最優先だったのが、ちょっと相手のことも考えるように変わってきたのかな。
そして、私だけじゃなくて主人も、私に期待をしてくれてるな、と感じることが増えました。
本当に小さなことで恥ずかしいのですが、毎日お弁当があることとか、オツマミを常備していることとか、晩酌用の氷を作ることとか、家族で出かける前にカメラの充電しておくとか。



気をつけないといけないな、と思うことは、期待通りにやってくれて当たり前となってしまわない様にすることです。
期待通りにやってくれるということは、一歩先を読んでくれて動いてくれたということだから、それが当たり前になって感謝しなくなってしまうと、期待通りじゃなかったときにガッカリしてしまいそう。
そして、一歩先を読んで動いてくれた相手も、感謝を示されないことでガッカリすると思う。
相手の負担にならない程度に、感謝も忘れずに。
バランスが難しいところではありますが、これからも主人に期待し、主人に期待される関係を続けていきたいです!

 

にほんブログ村 家族ブログ レス夫婦へ